奈良の食魅ー奈良新聞掲載ー

ー自然と歴史を食卓へー

 物を食べるという日常的な行為を文化の出発点とすると、その変遷流動は時代のニーズに対応し、順応しながら変化していき、国々(その地域々)の固有の食文化を作っていく生活史そのものであることが解る。

 さて奈良は味覚に加え、それに伴う歴史の味わいも重ねて味わって頂ける地です。味覚がその人の履歴であるように、奈良の風景一つひとつが自らの履歴で味わえる味を持っていて、心の満足も同時に得られる地と考えている。
これから毎月1回綴る『奈良の食魅-自然と歴史を食卓へ-』で、ご理解して頂けると幸いです。   
          👉毎月第一水曜日奈良新聞掲載中

【大豆】

 2月3日の節分の日は豆まきをされたことでしょう。この豆まきに使う大豆には邪気や疫病を払う精霊が宿るとされている。
ところで日本人は大豆に無限の可能性を感じ、様々な大豆加工食品に変身させてきた。まず大豆を炒って挽いた「きな粉」や発芽させた「もやし」、未成熟状態の「枝豆」に、成熟した大豆を搾った「大豆油」がある。また奈良時代には豆腐が伝来しているので「豆乳」は存在しているが、豆乳を飲む馴染みは薄かったようである。しかし飲み易い豆乳が1970年代に登場すると、今では栄養価の高さと飲み易さで人気が急上昇している。平安時代末頃には豆乳をニガリ等で固めた「豆腐」が文献に現れる。南北朝以後、豆乳を加熱するとタンパク質が薄い膜になって表面に張り、その皮膜をすくい取った「湯葉」も登場する。江戸時代中期に食用油が広まると、豆腐を油で揚げた「油揚げ」等が出てくる。「納豆」は中国から伝来したとされるが、今や国民食である「糸引き納豆」は、中国のそれとは違う。手近にあった稲藁に煮豆を包み、藁に付着していた納豆菌で発酵させたもので、鉄製用具の普及と共に日本人が独自に作り出した。現在は健康志向の高まりを背景に市場が拡大している。

もちろん、米が日本の食を支えてきたが、その米と大豆加工食品を組み合わせることで、日本人はバランスの良い食文化を作り上げてきた。大豆には人間にとって必要なアミノ酸20種類全てが含まれており、体内では作り出せない必須アミノ酸9種類も豊富で、「畑の肉」と呼ばれる良質の植物性タンパク質を33.8%含んでいる。滋養性の高い食べ物で、日本人は「大豆によって救われてきた」と痛切に感じる。

なお且つ、微生物の力を借りて、日本の味の根幹ともいえる「醤油、味噌」という調味料も発明した。奈良時代の木簡や文献に登場する醤油・味噌のルーツ「穀醤(こくびしお)」は、大陸から伝わった醸造技術を模倣、摂取するなかで取捨選択し、日本固有の麹菌とコンビを組み、時代の移行と共に日本の発酵文化を醸成していき、日本人の味覚を形成したという感が深い。日本の食文化を大きく左右する偉大な発明をした日本人の知恵にはあっぱれである。
   
これらから日本人が、いかに大豆に対して依存度が高いかが伺える。貝原益軒が『養生訓』で食の大切さを語っているが、和食の柱でもある醤油や味噌と大豆加工食品を、幅広く取り入れることが健康問題を考えることに繋がると思う。

『なら食』研究会代表・横井啓子