奈良の食魅ー奈良新聞掲載ー

ー自然と歴史を食卓へー

 物を食べるという日常的な行為を文化の出発点とすると、その変遷流動は時代のニーズに対応し、順応しながら変化していき、国々(その地域々)の固有の食文化を作っていく生活史そのものであることが解る。

 さて奈良は味覚に加え、それに伴う歴史の味わいも重ねて味わって頂ける地です。味覚がその人の履歴であるように、奈良の風景一つひとつが自らの履歴で味わえる味を持っていて、心の満足も同時に得られる地と考えている。
これから毎月1回綴る『奈良の食魅-自然と歴史を食卓へ-』で、ご理解して頂けると幸いです。   
          👉毎月第一水曜日奈良新聞掲載中

【淡口醤油(うすくちしょうゆ)】

 醤油は私たち日本人にとって非常に馴染み深く、どんなに時代が変化しても日本人の食生活に無くてはならない調味料である。ところが国内の醤油の消費量や生産量は減少傾向にあるという。

さて、日本で造られる醤油は「濃口醤油」「淡口醤油」「たまり醤油」「再仕込み醤油」「白醤油」の5つに分けられる。料理に適した醤油をうまく使い分けたいが、日常よく使うのは濃口醤油だと思う。ところが濃口醤油と淡口醤油などの「合わせ技」という使い方でひと工夫をすると、両方の特徴が重なり、単体で使うより複雑なる。

さて、料理技術の普及が庶民の生活に根付いてきた江戸時代後期、上方と江戸の両方に住んだことのある喜田川守貞が『守貞謾稿』に、「・・・京阪ハ・・・鰹節ノ煮ダシシテ是ニ諸白酒ヲ加ヘ醤油ノ塩味ヲ加減スル 故ニ淡薄ノ中ニ其物ノ味アリテ是ヲ好トス 江戸ハ専ラ鰹節ダシニ味醂酒ヲ加ヘ或ハ砂糖ヲ以テ代エ醤油ヲ以テ塩味ヲ付ル 故ニ口ニ甘ク旨シト雖モ其ノ物ノ味ヲ損スニ似タリ・・・」と東西の食の嗜好を比較している。

東西の食文化の比較は受け継がれ、例えば関西はうどんの「ダシ」、関東では「つゆ」と呼び、味や色に違いが見られる。関西では醤油独特の香りを残し、旨味が引き立てられた汁を飲むのが普通である。関東は色が濃い割に塩分濃度は低いが、香りが強く濃い味で、汁をそれほど飲まないという。この違いは水の硬度も影響するが、ダシに使う材料に起因していると考えられる。
江戸時代、黒潮に乗って運ばれた各地の鰹節は江戸に豊富に集まっていた。鰹節のダシが地廻り醤油(濃口醤油)と結びつき、醤油の香りがしっかり利いた「江戸のつゆ」が誕生する。
一方関西は、江戸時代には北前船で京や大坂へ昆布が運ばれる「昆布の道」があった。そこで昆布をベースに、鰹節などを使った「合わせダシ」を特徴とした。うどんや素麺、寄せ鍋などでもわかるように、コクのあるダシには、醤油の香りを抑え、少量でしっかり味がつく薄口醤油が結びついた。醤油を主張しすぎないので、汁まで頂ける「関西ダシ」の誕生である。確かに濃口醤油に比べ、淡口醤油は色が薄いが塩分は高い。しかしダシに加える塩は、塩味をつけるという意味だけでなく、ダシの味を引き立てる効果もあり、淡口醤油に含まれる塩分がその効果を担っているといえる。

使う調味料や味付けの仕方は時代によって変化していく。しかし人が好む味わいは変わらないで次世代に受け継がれていくだろう。

『なら食』研究会代表・横井啓子